四方山話

       

タイ・マレーシア フィットネス紀行/四方山話




10分で撃沈「イントロ・ステップ」

 しかし、この国のフィットネス関係の人たちは「intro」という単語の意味を理解しているかどうかは非常に疑わしい。
「intro」とは「introduction」の省略で「導入」とか「入門」を意味するというのが私なりの解釈で、つまり「Intro step」は「初心者のためのステップ台を用いたクラス」とならなければいけない。ところが、ここバンコクのフィットネスクラブではかなり事情が違ってくる。そのことは5年前にも経験をしていたが、改めて実感せざるを得ないこととなった。
土曜日の夕方の「Intro step」というクラスを受けてみた。前日の夜に、レッスンを1本受けて一息ついていると、隣の大きなスタジオ1で同名のクラスをやっていた。このスタジオ、内部の前面の半分はしっかりとした鏡張りになっているが、出入り口があるもう一方の半分は、ガラスにフィルムが張られていて明るい側が見えるようになっている。
つまり、スタジオの中と外を比べて、スタジオのほうの照明が明るければ、外からスタジオの中がよく見え、スタジオから外は、そのフィルムが貼ったガラスにおでこをつけない限りは見えないようになっている。
通常、レッスン中は、スタジオ内の照明は外よりは暗いので、外からスタジオ内は見えにくいようになっているのだが、膝くらいの高さから下はフィルムが張られていないので、スタジオの前であぐらでもかいて座っていると、足の動きだけは何とか分かる。
ものの1分程度ではあるが、足の動きを観察した。「かなり細かいな。」というのが第一印象であった。まあ、同名のクラスとは言えインストラクターが違うので、どのような内容になるかは受けてみないと分からない。
今回、私が「Intro step」を受けたスタジオは、前夜、少し足の動きを観察したスタジオの隣にあるスタジオ2で、入り口はマシンなどが置かれたフロアに面しているのだが、一面がガラス張りになっている。
スタジオに入ろうとする時点で、中にはすでに3,4名の女性がステップ台の上に腰掛けておしゃべりをしているのが見えた。ドアを開け、スタジオ内に入ると左隅のほうにステップ台が積まれていた。高さを調整できる足の部分が、本体にくっついているタイプのものである。
その中から1台を手に取り、なるべく目立たない隅の方に置いて、ベーシックステップなどをしてウォーミングアップをしていると、おしゃべりをしていた女性たちが「何か気合入っているじゃない。」みたいな感じでこちらをちらちらと見ている。
また、スタジオの外でおしゃべりをしていた数名の女性もおしゃべりをやめてこちらを「何、あの人?」みたいな感じで見ているではないか。
私としては、別に目立とうと思ってやったわけではなく、ここ1、2年はステップ台をいじるとしたら、スタジオの筋持久力系のクラスで使用するくらいで、ステップを踏んで昇降運動をすることはほとんどないような状態なので、少しでも慣れておこうと思ったからである。
しかし、これが後に裏目に出ることとなる。
しばらくすると、おしゃべりをしていた女性の一人が思い出したかのように立ち上がって、ステップ台をもう一台準備している。日本でも良く見られる光景だが、最初、友達のために用意をしているのかなと思ったのだが、次の彼女の行動で、その考えは完全否定された。
もう一台手にしたステップ台を、あらかじめ用意していたステップ台につけて「L字」にしているではないか。他の人たちも同じように「L字」の準備をしている。
「ゲ、ゲ、ゲ、2台使うの?しかもL字?2台なんか使ったことないのですけど…」と戸惑いながらも、私だけ1台というわけにはいかない。彼女たちに習ってもう一台のステップ台を手に取った。
後から入ってきた人たちも、何のためらいもなく「L字」の用意をしている。そして、程なく男性のインストラクターが入って来て、みんながL字に並べたステップ台を見て、「○△×■※!?★」となにやらみんなに告げると、「なーんだ」という感じで「L字」にしていたステップ台を平行にしている。これで、とりあえず「L字」だけは回避された。
スピーカーから音楽が流れ始め、今にもレッスンが始まろうとしているときに、50代くらいのオバちゃんが入ってきて、スタジオの後ろに腰掛けニコニコしている。ステップ台を用意する気持ちは全くないようである。
「何だ、何だ、このオバちゃん!」と思っていると、インストラクターがこのオバちゃんに「★※⇒◎!α∵?」と話しかけている。オバちゃんも「▲☆β+?□●!」と言い返し、腰をあげることもなく依然とニコニコしている。この二人の会話は次のようなものだったに違いない。
インストラクター:「レッスンを受けたらどうですか?」
オバちゃん:「私には難しすぎるから、今日は見学してるわ!」
インストラクター:「じゃあ、できそうだったらいつでも参加していいから。」
日本ではちょっと考えられない。しかも、見学だけが目的ならば、スタジオの外からでも中の様子が丸見えなのだから、わざわざスタジオの中に入ってくる必要は全くなく。外からでも十分にどのようなステップを踏んでいるのかが手に取るように分かるのである。何ともおおらかな国である、タイは。
このインストラクターとオバちゃんの会話の後に、スピーカーから出る音楽のボリュームも上がり、レッスンは始まった。
「ベーシックステップ」「ニーアップ」「マンボ」などのやり慣れた動きでレッスンは始まったが、5分もしないうちに「ターン」という言葉がしきりに出るようになってきた。なんだかいやな予感がしてきた。恐れていたことが現実となってきた。10分もしないうちに右へ、左へのターンを繰り返し、ついていけなく呆然とステップ台の上に立ち尽くす状態が多くなってきた。
すると、反対の隅でやっていた男性が、「俺にはできん!」という感じで使用していたステップ台をそそくさと片付けてスタジオから出て行ってしまったのである。インストラクターは全く気に留める様子はない。私も、これから先の展開を考えて、よっぽど彼の後に続こうとも思ったが、出るのにも勇気がいる。「せっかくバンコクまで来たのだし【旅の恥はかき捨て】という言葉もある。」とも思い何とか留まった。
スタジオの外でおしゃべりをしていた数名の女性が「張り切っていたわりには、たいしたことないじゃない!」という感じで私を見てクスクス笑っている。もう「煮るなり焼くなり好きにしろ!」という感じである。
しかし、こうも右へ左へくるくる回ると、頭の中が真っ白になって何がなんだか分からなくなってくる。「覚えよう」という意識もだんだんと薄れていってしまうものである。それでも「クソ!」と何度か奮起したが、「動き」は私の脳の神経細胞の限界をはるかに超えていた。
しょうがないので、ところどころ分かるほんの一部分だけみんなに合わせてステップを踏んだが、60分という長さのレッスンのうちの4分の3は全く動けず、呆然とステップ台の上に立ち尽くし、他の人たちの動きを見る以外に何もすることがなかった。
インストラクターも私の様子を全く気に留めていなかった。また、他の人たちであるが、このレッスンを受け慣れていたのは明らかであった。ほとんどの人がしっかりと動いていた。毎週のように受けているのであろう。
しかし、これでベーシックのクラスである。「全く初めて」とか「今までに2、3回くらいしか受けたことがない」という人が受けたら、「もう2度とステップのクラスは受けたくない!」となってしまうに違いない。
私自身、膝を痛めて、ステップだけではなく、しばらくエアロのクラスからは遠のいているので、感覚もかなり鈍っているだろうし、それに付け加えて、脳の神経細胞の活動もかなり弱くなっている。
でも、それなりにエアロのクラスは受けてきたし、「初級」はもちろんだが、「中級」あたりならさほど苦労することなくレッスンに付いて行けていたので、多少なりとも「経験者」ではある自信というか、自負というか、そのようなものが心の片隅に残っていたが、ここバンコクのステップのクラスでは、そんなものは「無い」に等しいのである。
それにしても、私はこの人たちに一言言ってやりたかった。「何でそんなにクルクル回るのだ!回りすぎだ!風車ではないのだから、そんなにクルクルまわってはいかん!100歩譲って、君たちが風車であったとしても、ここはスタジオの中なのである。風は吹いていないのであり、そのようにクルクル回ることは物理の法則に反するのだ!医学的にも、三半規管を痛めてしまう可能性も大いにあるかもしれないぞ!」と、ただ、この私の訴えも彼らの右へ左へのターンによって起こるサイクロン風によって吹き飛ばされてしまうのであった。

 


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