フィットネスの勧め 語句解説

日記 - 2018年 - 11月

 

11月29日(木) 「 本当はした方がよいのだろうが…( その3 ) 」

 

 「 生活の基本は安心・安全である!」とモットーに日々を送っている私である。そして、今回、「 本当に子どものことを思うのであれば親も自転車に乗るときにヘルメットを被るべきである 」などと記しているわけだが、かくいう私もヘルメットに関しては「本当はした方がよいのだろうが…」と思いながらも、自転車に乗るときに1度も被ったことがない。「 偉そうなことを言っている割には… 」という感じである。

 実はヘルメットがないわけではない。東日本大震災直後に「備えあれば患いなし」ということで、ホームセンターで工事現場 (construction site) などでよく被るようなヘルメットを購入している。そして、つい最近、「 一つ手元に置いておけば何かの時に役に立つだろう… 」と「たためるのヘルメット」なるものも購入しちゃっているわけである。よって、被ろうと思えばいつでも被るものはある。

 また、自転車用のヘルメットにしても、最近は需要 (demand) が出てきたせいか、いろいろな種類のものが販売されていて、価格も2,000円しないで買えるようなものも出てきている。品質的に「大丈夫だろうか?」という感じがしないでもないが、それでも被ると被らないでは雲泥の差 (a world of difference) が出てくる。そのようなものでも「被っていたから命拾いした!」というケースだって十分に考えられる。

 それは十分に承知しているのだが、どうも普段ヘルメットを被って自転車を漕ぐことには、正直「ためらい (hesitation) 」がある。その理由を考えたときに「え〜、ママチャリにヘルメットって大袈裟じゃない!?」という固定観念 (fixed idea) みたいなものがどうもあるようだ。

 

・東日本大震災直後に購入したヘルメット

 ホームセンター (home improvement store) で購入したものだが、税込みでも1,000円はしなかったはずである。もちろん、自転車用ではないが、このような安価なものでも被るのと被らないのでは雲泥の差が出てくる。よって、本当は「安全のために被るべき」なのだが、正直「ちょっとな〜」というためらいはある。よって、購入後、一度も日常生活において使用したことがない。

 ちなみに、ヘッドランプは別に購入したもので、常にヘルメットに付けた状態にして保管している。購入した当初は、ランプにはゴムバンドをついていて、それをヘルメットの周囲に回して固定していたが、経年劣化 (aging degradation) が進みゴムバンドのほうはブヨブヨ状態になってしまった。よって、現在はランプの本体のみをグルーガンで直接ヘルメットに付けている。ライト部と電池ケースが分離されたタイプで、電池の方は後ろに回して固定。