プロフィール

トッピクス-旅に出よう-海外(その1)

 

 

 

 

■ホームステイなど旅ではない!■

大学生の時、「やっぱ、これからは海外だよな〜!」と思った。海外旅行も、それほど裕福で無いものでもいける時代になっていた。私の周りでも、親戚にしても、友人にしても、ちらほらと海外旅行に出かけるものが出ていたのである。

 その頃、大学生の間で人気があったのが、「ホームステイ」。それで、「ホームステイ」と言えば、もちろん色々な国へのものがあったのであろうが、一番人気があったのが米国だったように記憶している。西海岸やハワイへのホームステイが人気で、旅行代理店はもちろん、大学構内の生協などでも「ホストファミリーと楽しい時を過ごそう!」とか「ハワイ、大自然とともにホームステイ」などのうたい文句が載っているパンフレットを沢山目にすることができた。

 その中の数枚を手にしては「何かちょっと憧れるよな〜。ホストファミリーと仲良くなって、色々なところへ連れて行ってもらったり、日本の文化を教えたりして…。いいよな〜、そういうの…。あっ、折り紙の折り方、覚えておかなきゃ!」などと一瞬思ったりしたものである。

 しかし、「でも、これって旅行とは言い難いし、ホストファミリー次第でその善し悪しが決まってしまうよな〜。ホストファミリーがどうしようもなかったら、最悪だ!」とちょっと考え直し、よし、俺は「ホームステイなどしないで、旅行をしよう!いや、旅に出るぞ!」と、その時のちょっとした流行に逆らって、少し格好つけてみたくなった次第である。

 

■さて、どこにしようか?■

 さて、行く国を決めなければならない。ホームステイ抜きにしても、その頃は米国への旅行がやはり一番人気だったような気がする。その次が、ヨーロッパである。韓国、中国、そして東南アジアは、現在ほど人気があるよう国々ではなかったように記憶している。

 ロス、カリフォルニア、ハリウッド、そしてニューヨークなど日本人の「行ってみたい!」と憧れる地ではあったが、私にとっては、それほど胸を躍らせるような場所でもなかった。そうなると、ヨーロッパが一番の選択肢となってくる。

 「よし、ヨーロッパだ!さて、どうやっていくか?直行便で主要国の首都まで一気に飛ぶか?いやいや、それでは面白くない。そうだ、ソ連経由で行こう!ソ連から北欧に抜けてヨーロッパ諸国を回ってみよう!」とふとひらめいた次第。

 ソ連、その首都モスクワまでの行き方は2通りあったと思う。一気にモスクワまで飛行機で行く方法と、横浜からナホトカまで船で行き、そこからシベリア鉄道を利用してハバロフスクを経由してモスクワまで行く方法である。

 しかも、後者は、ナホトカからシベリア鉄道だけを利用してモスクワに行く方法と、ナホトカからハバロフスクまで鉄道を利用し、ハバロフスクから飛行機でモスクワに入る方法の2通りがあった。

 「列車に揺られてゆっくりと旅をする」というのもとてもよい響きではあるが、ナホトカ-モスクワ間を列車だけで移動すると、1週間かかるのである。「とても1週間も列車の中に閉じ込められていたのでは堪えられない!」ということで、ハバロフスクから飛行機を利用する方を選んだ。

 当時のソ連は、それはもうガチガチの社会主義の国で、一人旅などはできなく、旅行は全てツアーとなる。私はいろいろと情報を集め、都内の旅行代理店で5泊6日のツアーを申し込んだ次第である。

 申し込んだものの一抹の不安はあった。実はこの年1980年は、モスクワオリンピックが開催された年であった。今の若い人は知らない方も多いと思うが、その前年の1979年にソ連のアフガニスタンに侵攻したのに抗議して、アメリカの提案で日本を含めて50ヶ国近くがオリンピックをボイコットしている。

 オリンピック委員会も苦渋の決断だったろうが、代表に選ばれたものはさぞかし辛かったろうと思う。テレビで柔道の代表選手が涙ながらに「何とか行かせてください!」と訴えていたのを記憶している。

 そして、旅に出るにあたって「オリンピックをボイコットしておいて行っても大丈夫なのだろうか?」という気持ちが無きにしも非ずであっただ、単にヨーロッパのある国の首都に一気に飛行機で飛ぶのと比べると、「ソ連経由でヨーロッパに行ってたよ!」と言った方が少し自慢できるような気がしたわけである。